第64話 無題

著:カイト ◆MbiMEa9Ics  時刻:01:43:46

220 :カイト ◆MbiMEa9Ics :2010/08/21(土) 01:43:46 ID:0zcmrwu1O

親戚が亡くなった
これが始めだった

俺とは面識がないが、それでも葬式には行かなきゃいけないくらいの人だった
結局は仕事の都合で彼女の葬儀には行けなかった
それから暫くして、異変が始まった
最初に気付いたのは、休みで家にいる時
真昼間とはいえ、雨のために薄暗かったのを覚えている
突然窓が開き、雨が吹き込んできた
驚く俺の前で硝子戸も開き、しまいにはドアまで開いて行った
まるで誰かが俺の部屋を通過していったように
その誰かの姿は見えないままだったが
それを皮切りに、姿の見えない誰かを俺だけでなく、近所に住む家族も意識するようになったらしい

日にちが経つにつれて、段々と異変が顕著になってきた
例えば俺は髪が短いのだが、シャワーを浴びて風呂を出た後に排水溝を見ると長い髪の毛が大量に詰まっている
毎日毎日、段々と量は減りはしたが
実家から電話があり、俺は度々呼び出されたりもしたのだが、大体が得体の知れないものが出たから不安で呼んだなどと言われる事ばかりだった

まぁ、こんな状況だった俺の仕事での話



221 :カイト ◆MbiMEa9Ics :2010/08/21(土) 01:46:35 ID:0zcmrwu1O

異変が続いているとはいっても、会社には行かないと食っていけない
俺の仕事先では、セキュリティが高くIDカードが無くては室内に入れないようになっていた
そんな一室での出来事
会議を終えて持ち場であるその階に戻ると、部下が大声で喚いているのが聞こえた
「何してるんだ」
「すみません。保管庫に入りたいんですが……その、すみません」
何故か謝ってくる部下(以後A)
保管庫は二人一組でないと入れない仕組みになっていて、もう一人部下がいた(以後B)
「嫌がるんですよね、Aが」
見遣ると、小さく震えているのがわかる。
もしかしたらBは強気な奴だし、二人きりだと気まずい事でもあるのかも知れない
「代わりに俺が入るから、Aは先に機械の用意していろ」
そう言って、俺はBと保管庫の中に入る事になった
「Aの奴、先日の話聞いてから急にビビってんですよね」
「幽霊騒ぎか」
「後で叱ってくださいよ」
仕事場で幽霊が出たと、大騒ぎになり社員が早退、翌日何名も休むという事があった
どうやらAも雰囲気に呑まれたらしい
保管庫は狭いとはいえ、独特の雰囲気がある
怖くなるのも無理はないかも知れないと、少し前から不思議な目に遇いっぱなしの俺は諦めていた
中で必要な材料を、プリントされた紙を見ながら取り出していくうちに、寒くなってきたのに気付く
外でエアコンを操作するようになっているのだが、設定温度を間違えたと焦った
「寒いですね……」
「もう終わるから、我慢してくれ」
言いながら棚の向こうに誰かいるのが見えるが、もちろん此処には一人では入れない
女だな、と思った途端に電気が消えた


222 :カイト ◆MbiMEa9Ics :2010/08/21(土) 01:47:44 ID:0zcmrwu1O
明かりなどある筈もなく、小さな部屋は真っ暗になった
焦って部屋に設置されている無線に呼び掛けるB
無線はあるが、滅多に外に通じないのを知っている俺はもう諦めていた
監視カメラもあるが、真っ暗ではわからないだろう
「一度出よう」
そういって手探りでカードを差し込む場所を探す
狭い部屋だから、数歩でたどり着き壁にカードをさす
「無理……です」
すぐ近くから、Bの声がした
泣きそうな声で、ガタガタと棚を揺らす音までする
「カードでも落としたか?」
「誰かに引っ張られて……」
歩き寄りながら、俺じゃなくて女はBにちょっかいを出してるのかと思った
「B、まだ引っ張られてるか?」
「足」
もう単語しか言わない辺りに、あれだけ強気だったBの怖がり具合がわかる
ぺたぺたと触りたかないBの身体に触って、腕を全力で引っ張った途端、外側からぴーっと扉が開く音が聞こえた
「大丈夫かっ!」
懐中電灯を持った部長と、Aの姿が天使に見えた
同時にBを振り返ると、足からさっと暗闇へと手が引っ込むのが見えた
「割れてるな。怪我はないか?」
天井に懐中電灯を向けながら言う部長に、割れてましたかとしか言えなかった
割れた音など聞こえなかった
「無線でお前が閉じ込められたから、早く来てくれというから来たのにただの電球切れじゃないか」
と部長は呆れ顔だったが、俺とBはキョトンとするしかない
俺は無線には触れてないし、そんな事を一言も言ってない


223 :カイト ◆MbiMEa9Ics :2010/08/21(土) 01:48:42 ID:0zcmrwu1O
皆で足が痛いというBを担ぎ保管庫を出る
空気を吸いに外に出るとAがついてきた
Bは足を脱臼していたらしく、医務室から病院行きになっていた
「すみません、本当にすみません」
ひたすら謝るAの姿になんとなく、こいつはわかってたのかと思った
「別にいいよ」
と返して、コーヒーを飲む
「無線から聞こえたの、別人の声でしたけど……部長は○○さんだって言い切ってて。命令口調だし、もっと年配に聞こえました」
もっとは余計だなと思いながらも、当分は保管庫に入る時は塩と携帯とお守りを持って行こうと決意した