第100話 無題

著:いぐにす ◆fHUDY9dFJs  時刻:04:31:16

334 :いぐにす ◆fHUDY9dFJs :2010/08/21(土) 04:31:16 ID:UTrlyvUP0
あれは春彼岸のことでした。
祖父母に行くと、従兄弟一家が飼っているパピヨン、モモちゃんがいつも通りお留守番をくらって預けられており、
ひどく暇そうにしていたので、私はモモちゃんを伴って「お山の公園」まで散歩に行ったのです。

祖父母宅は山を切り開いた(旧)新興住宅地にあり、
「お山の公園」はそのなかでも「頂上」のひとつといえる高台に存在し、
公園として子供の遊び場や犬の散歩コースとして割と人気なのですが、
実はこの場所、てっぺんには文字を刻んだ巨石や祠がおかれ、山神を筆頭に様々な神々が祀られている地でもあるのです。
しかし普段私たちが出入りする公園側からは神の住まいの印象は全くなく、
幼いころから遊び場だったにもかかわらず、神がいるということに気づいたのは中学校に入ったころ。
反対側には鳥居や狛犬も設けられているのですが、なんというか、屋敷神のように
人間の生活の片隅にある神域というような、そんな場所なのでした。

その日は気が向いたので、山神が安置されているその領域にも踏み込んでみたのです。

335 :いぐにす ◆fHUDY9dFJs :2010/08/21(土) 04:38:54 ID:UTrlyvUP0
神々は道祖神のごとく並べられているだけで、立派な社も手水場もありませんが、
花が手向けられており、しっかりと神の存在が意識されています。
私はモモちゃんといっしょに置かれている神の数だけ挨拶として礼拝し、
鳥居からは出ず、元きた公園の方へと引き返し、そのまま公園から出ました。

敷地から一歩踏み出た、そのときです。

ドォオオオン

ドォォオオオン

太鼓を叩く音が聞こえてきたのです。
花火ではありません。雷でもありません。
あれは確かに太鼓の音でした。

私は取り立てて恐怖を感じることもなく、祭りでもあるのかと思い、
お散歩を続行するつもりでいたのですが、
モモちゃんの様子が明らかにおかしくなっていました。
自分の首が絞まるのも構わず、息を切らしながら前へ前へと散歩紐を引っ張るのです。
仕方なく、モモちゃんに引かれるまま、私は祖父母の家へと帰ることにしました。
その音は家に戻るまで同じ大きさで鳴り響いていましたが、
不思議と門をくぐった途端に聞こえなくなりました。

しかし後によくよく考えてみると
夏の盆ならいざ知らず、この住宅地で春の彼岸に祭りなど聞いたことがありません。
ばあちゃんに聞いてみても、祭りはないとのこと。
それでは、あの響き渡る太鼓の音はいったい何だったのでしょうか。
何か山神様に粗相をしたのかもしれませんが、今のところ私は元気です。





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