第70話 一方通行

著:枯野 ◆BxZntdZHxQ  時刻:02:14:52

239 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2010/08/21(土) 02:14:52 ID:K36XqKfnP
「一方通行」 1/2

俺の従弟が通っていた高校の近くに公園があった。
古くからある神社の裏手の高台に細長い敷地を持ち、
県道に面した側にブランコと滑り台がこじんまりとあるだけで、
もっぱら土日のゲートボールや夕方の犬の散歩に使われる広場である。
学校から一度坂を上り、公園の辺りで下り始めて私鉄の駅に出る。
そのため、彼らはよく学校脇の酒屋の様なコンビニの様な店でジュースや菓子を買い込み、
公園にたむろしては今週のジャンプやマガジンの内容について語り合ったり、
他愛のない追いかけっこをしたりして遊んでいたらしい。

ある時、そんな調子で遊んでいるうちに日が暮れて来た。冬の初めだったと言う。
男ばかりでそんなことを気にする者はなく、
皆学ラン姿なのに「色鬼する者寄っといで」などと騒いでいる。
風邪気味だった従弟は缶コーヒーを手にブランコに腰掛け、
ゆらゆらと揺れながら黒い人影が薄暮の中でぎゃーぎゃーとはしゃいでいるのを眺めていた。
すると公園の向こう側、神社の森がある側の道路にも黒い人影があることに気付いた。
ブランコは県道に背を向ける格好なので、仲間たちが駆け回っている広場の向こう、
ドウダンツツジの植え込みを挟んで細い道がある辺りまではかなりの距離がある。
赤紫色の夕暮れの中、人影が男か女か、若いのか老いているのか、それすらも判らない。
ただ黙々と列になり歩いて行く姿が見える。
道の向こうは不法投棄避けの高いフェンスがある。公園の短い辺とは言えそこそこの長さを、
フェンス沿いに連なって歩く人々が切れ目なく続くのは何だかおかしい。
従弟は暫くその列を見守っていたが、そっと立ち上がって公園の奥へと向かった。

240 :枯野 ◆BxZntdZHxQ :2010/08/21(土) 02:17:03 ID:K36XqKfnP
「一方通行」 2/2

植え込みがある所まで10m、5m、たそがれの中でも
何となく相手の姿が判って来る距離まで来ても、一人一人の個性が見えて来ない。
影は影で、ただ黒い人の形をしていた。それが左から右へ一列に歩いて行く。
しかし、良く見ると影は右に行くに従ってだんだん薄くなっている様な気がした。

「トモ!ピザまん買いに行こーよ!」
不意に呼び止められて振り返ると、白いマフラーをターバンの様に巻いた
訳の判らない姿の友人がぶんぶんと両腕を振り上げていた。
見れば他のメンツも巾着袋やらジャージの上着を変な格好に被っている。
急に緊張感が途切れて息を吐く。
いつの間にか息を止めていたらしい。
ハッとして背後の植え込みを見ると、距離は1mくらいまで縮まっていた。
その向こうに黒い人影はなかった。

その後卒業まで何度もその公園で遊んだが、そんなものが見えたのはその一度だけだった。
ちなみに、昼間にその道を歩いて確かめてみたところ、
細い道は民家のブロック塀で行き止まりになっていたそうだ。
ただ左から右へ。
一列に歩いていた黒い人達は、一体どこへ向かって行ったのだろうか。

【完】