第75話 視えないモノ

著:雨田 ◆oyR5OGXLW2  時刻:02:39:03

255 :雨田 ◆oyR5OGXLW2 :2010/08/21(土) 02:39:03 ID:vVV4II/u0
【視えないモノ】1/3

大学へ入学してからあっという間の夏。私は友人たちと久しぶりに会うことになった。
集合場所に着くと、誰が呼んだのか、高校時代によくつるんでいた先輩も来ていた。
彼は幼いころに両親が再婚したとかで、年齢が一つ上とは言え、かなり大人びていた印象だった。

お決まりの花火も一通りおわり、これまたお約束の「肝試しに行こう」が誰かの口から飛び出た。
私たちの高校から数十分車を飛ばしたところに廃病院があるから、そこへ行こうということらしい。
深夜のノリで特に反対もなく——先輩は少し不満げに見えたが——廃病院に向かうことになった。

しかし楽しげな気分もどこへやら、到着したとたん、廃病院の寂れた雰囲気が押し寄せてきた。
アルコールの回った怖いものなしの数人を除いて、大半はびくびくしながら院内をまわっていた。

257 :雨田 ◆oyR5OGXLW2 :2010/08/21(土) 02:39:59 ID:vVV4II/u0
【視えないモノ】2/3

しばらくぞろぞろと歩いていると、前方のほうから「ヒッ」と短い悲鳴が飛んできた。
懐中電灯の光の先には、がらんとした病室の天井から、輪になった紐がぶら下がっていた。
「これってやっぱり…」と誰もが思っていると、おもむろに先輩が紐へ歩み寄り……

……思いっきり紐を引っ張った。廃病院に響く私たちの悲鳴。

「落ち着いて!」と先輩が鋭く言う。「これは本当に首吊りに使われたものじゃないよ」
それでも半分パニックに陥っている私たちを先輩はなだめる。
「本当にここで誰かが首を吊ったのなら、足場になるようなものが無いといけない。
 それに死体があった痕跡も無い。誰かが片付けたなら床に跡が残るはずだけど、それもない。
 第一、紐が新しすぎる」
探偵顔負けの推理で、得意げに言う。
「というわけで、これは最近ここに来た誰かのしたイタズラだよ」
空気の抜けたように恐怖感が消え去り、というか白けてしまったが
それでも満足した私たちはそれぞれ家へ帰ることになった。
帰る手段の無かった私は、先輩の車に乗せてもらった。

259 :雨田 ◆oyR5OGXLW2 :2010/08/21(土) 02:41:00 ID:vVV4II/u0
【視えないモノ】3/3

「本当に怖いのは、存在しない幽霊なんかじゃなく
 無いものを有るように見せる、生きてる人間のほうだよ」
私の自宅の近くまで来たとき、先輩は運転席で呟いた。

確かに、人間のほうが怖いのかもしれない。
有るものを無いように見ざるを得ない人間のほうが。

ミラー越しに後部座席の女を見てから、私は車を降りた。

【完】