第78話 かくれんぼ

著:無月 ◆rke4WFVdV6  時刻:02:53:52

266 :無月 ◆rke4WFVdV6 :2010/08/21(土) 02:53:52 ID:xDOQeNBMO
【かくれんぼ】(1/2)

小さい頃、何故か「夕方にかくれんぼをしてはいけない」と祖父に言い含められていた。神隠しにあうから、と。

ある日、何かの用事で学校を出るのが遅くなった。
靴を履き替えて校舎を出ると、校庭が夕焼けに染まっていた。
と、昇降口の前に、遊び友達が3人立っていた。

「かくれんぼしよう」
当時は祖父の言う「かみかくし」がよく分かっていなくて、俺はすぐに快諾した。
ランドセルを傍らに置いて、じゃんけんをして。一人が鬼になって数え始め、俺は焼却炉のほうに走って、物陰にしゃがみこんだ。

「もーいいかい」
声が聞こえて、その時何故か「まーだだよ」と言葉が口をついた。
既に隠れてるのに、何でこんな返事を…と自分で驚いた。
また「もーいいかい」と聞こえて、俺の動きが止まった。
今の声、さっきより近くなかったか…?
それ以上に、聞こえて来る声が、微妙に変質したような。友達は、こんな声だったっけ…?

怖くなって返事ができないでいると、「もーいいかい」…
さっきより近づいている、というのが確信に変わったけれど、怖くて動けなかった。
声も、同級生の男の子の声から、女の子のような、老婆のような、微妙に重なったような声に変わっていた。
「怖い」。そう思ったけれど、見つからないように身を縮めるのが精一杯だった。

「もーいいかい」
声は確実に俺を目指している。他にも2人居たはずなのに、俺のほうに。
いや、他の同級生たちは、「まだ」なり「もういい」なり、言っていたか…?

「もーいいかい」
声は、すぐ後ろから聞こえた。心臓がバクバク言って、全身から嫌な汗が噴き出した。
焼却炉の向こう、左手側の後方に、誰かが立ってる気配がする。
足音なんて、してなかったのに…

267 :無月 ◆rke4WFVdV6 :2010/08/21(土) 02:57:00 ID:xDOQeNBMO
(2/2)
言い付けを守らなかった後悔と、えもいわれぬ重圧から、ぎゅっと目を閉じていた。

どれくらい、目を閉じていたのか。気配は相変わらず感じるけれど、動いた気配はないので、恐る恐る目を開けてみた。

「も う い い か い」

目の前に、顔があった。
後ろから覗き込んでいれば、口が上になり目が下になる逆さ顔で覗き込んでいるのが普通だろう。
そいつは、目が上にあり口が下に、つまり正面から俺を覗き込んでいた。
体は後ろにあるのに、だ。

ぎょろっとした、焦点の定まっていない目が魚眼のように左右を見、やがて俺を見る。
「もういいかいぃぃぃぃっ!!!!」
悲鳴も上げずに、反射で逃げ出す俺の後ろで、「げきょげきょ」としか表現できないような、心底楽しそうな笑い声が響く。
がむしゃらに、何処をどう走ったか分からないけれど、気がついたら家に居て、熱に浮かされていた。

それから一週間熱を出し、生死の境をさまよったが、何とか持ち直した。
治ってから学校に行ったが、かくれんぼに誘ってくれたはずの友達は、揃って「覚えがない。その日は早く帰ったはずだ」と言った。
それ以降、夕方にかくれんぼはしなくなった。

未だに夢だったような気がするけれど、あの日、校庭の片隅に置いたランドセルは、見つかっていない。

【完】