第80話 隣人

著:柏餅 ◆A6QVLbDKu6  時刻:03:03:43

273 :柏餅 ◆A6QVLbDKu6 :2010/08/21(土) 03:03:43 ID:1sgwWD2IO
【隣人 1/3】

高校出てすぐ、初めて一人暮らしを始めた頃の話。

俺の住んでたアパートは木造2階建ての小汚いものだった。
部屋数は下が4室、上が3室で、俺の部屋は2階の真ん中の部屋だった。
一応、入居の挨拶に全室回ったんだが、俺の部屋の左隣は表札がなかった。
と言っても、表札を付ける場所が設けられていないので、どの家も適当な場所に貼り付ける感じ。
だから、しばらくたって左隣から物音がする事に気付いた時も、単に表札を出してないだけかと思っていた。
物音に気付いてからすぐに粗品を持って挨拶に行ったのだが、住人は出てこなかった。
チャイムを押しても、チャイムの音も聞こえない。
が、扉の向こうで物音は確かにしていた。
ついでに、ペット禁止にも関わらず、猫の鳴き声も聞こえた。
ノックしてみたりもしたが、猫を残して外出中なのか、とにかく出てきてはくれない様子。
日時を変えてその後も何度か訪ねてみたのだが、いつも返事はなかった。
俺もだんだん面倒になって、そこの住人には挨拶をせずに生活を始めた。

数日たった、やたらと暑い日。
その日は出掛ける用事も気力もなくて、俺は寝転がってTVを見ていた。
冷房がなかったので窓を全開にしていたのだが、そうすると蝉の声がやたらとうるさい。
TVの音が聞き取りにくいので、少しボリュームを上げた…その時。
ダンッ!!と、左隣の壁が向こう側から殴られた。
うるさいという程にはボリュームは上げていなかったのに。
ずいぶん神経質な人なんだな、猫飼ってるの大家にバラすぞ、などと思いながらもボリュームを下げた。
そんな事が、何度かあった。

274 :柏餅 ◆A6QVLbDKu6 :2010/08/21(土) 03:05:01 ID:1sgwWD2IO
【隣人 2/3】

従兄から使わなくなったヘッドホンを貰ってから、俺はもっぱらそれを使ってTVを見るようになった。
隣人は水音や足音などの生活音に対しては文句を言わないようなので、
TVの音量さえ気を付けていれば壁を殴られる事はない。
ただ、逆に気になったのは、隣人の生活音だ。
休みの日に俺が一日中部屋にいても、昼も夜も生活音がしない。
今思えば、玄関のドアの開け閉めの音も聞いた事がないような気がする。
猫のたてる物音や鳴き声だけが聞こえる。
気になって、ヘッドホンを抜いてわざとTVのボリュームを少し上げると、間髪いれずに壁が殴られた。
一応、いるようではある…。
奇妙な隣人に、少しずつ気味の悪さを感じ始めた。

入居から8カ月ほどたって、俺は再び引っ越す事になった。
引っ越しの日に大家が来ていたので、隣の人はどんな人なのか、と聞いてみた。

「君の隣は、空き室だよ。もう1年近く空き室のまんまだな」

うわ〜、と思った。

「まさか、前に住んでた人、亡くなったとかじゃないですよね?」

恐る恐る聞いてみたのだが、意外にもそういう事はなかったようだ。
前の住人は家賃を滞納した上、猫を飼っているのがバレて、大家に追い出されたらしい。
でも、失踪したとかでもなく、普通に猫連れて軽トラで引っ越していったそうだ。

275 :柏餅 ◆A6QVLbDKu6 :2010/08/21(土) 03:06:30 ID:1sgwWD2IO
【隣人 3/3】

やたらと隣人を気にする理由を尋ねられたので、俺はこれまでの事を話した。
もしかしたら、不法侵入して猫と一緒に勝手に住んでいる奴がいるのかも、と思ったからだ。
だが、大家と一緒にその部屋を見に行くと、ごく普通の殺風景な空き室だった。
人はもちろん、猫がいた形跡もない。
よく分からないがアパートの回りも点検してみるという大家に付き合い、俺も狭い路地を回ってみた。
すると…件の部屋の窓の下に、猫らしい古い死骸があった。
もうボロボロで、その住人が飼っていた猫かどうかは大家にも分からなかったが、
どこかに葬ってやろう、と大家はその死骸をビニール袋に入れて持ち帰った。
部屋も後日お祓いすると言っていた。

この発見で猫の存在については何となく説明がついたわけだが、謎は残る。
壁を殴る、あの音だ。
明らかに人が拳で殴りつける音だったので、猫の霊とかって感じではなかった。
色々と想像は出来るが…真相は今も分からないままだ。

《完》